【演奏会レポ】ライプチヒ歌劇場「タンホイザー」

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 ライプチヒ歌劇場公演「タンホイザー」を観に香港まで行ってきました。カリスト・ビエイト演出の舞台をいつか見たい、という長年の宿願を叶えるためです。思えばバルサのユニを着たドン・ジョヴァンニをビデオで観てから13年経ったんですね……。

 元々ライプチヒ歌劇場はカタリーナ・ワーグナーに演出を依頼していましたが、最終的に去年の現地公演で使用されたのは、フランダース・オペラやフェニーチェ歌劇場(ヴェネツィア)らとの共同プロダクションのために用意されたビエイト版でした。もしかしたら今回の香港公演もカタリーナ版だった可能性もあったわけですが、結果的にビエイト演出を日本に近い場所で見られることになりラッキーでした。ちなみに今回の上演は「タンホイザー」の香港初演だということです。

 さてビエイトの仕事ですから当然「読み替え」演出になるわけで、彼の「タンホイザー」は「エロスとアガペーとの間で葛藤する主人公」を表現するものではありません。それを象徴的に示しているのがエリーザベト(エリザベート・ストリード)。彼女の舞台での振る舞いはやや落ち着きがなく、第2幕でタンホイザーが脱ぎ捨てた男モノのズボンを履いたりするなど「不思議キャラ」です。第3幕での彼女は正気を失っている設定らしく、泥だか何だか地面にあるものを食べようとする異食行為をしています。彼女は認知症になったのか?!。ともあれ演技的には敬虔なキリスト教徒たる要素は乏しいです。一方ヴェーヌス(カトリン・ゲーリング)はひたすら美しい。序曲の間、天井から吊されゆっくり回旋し続ける草木に絡まったり床に転がったりしながら清新な色気を振りまきます。ここはアイドルのイメージDVDにありがちなシーンだったなあ……。

 男性陣はどう扱われたか。タンホイザー(シュテファン・ヴィンケ)の出番で印象的だったのは第2幕の歌合戦の場。そこでヴィーナス賛歌を歌ったタンホイザーは周囲から袋だたきにあうのですが……。そのシーン、サウナのとき体を叩く道具みたいなヤツでみんなバンバン一斉に床を叩くのです。演出そのものよりその「音」が耳に残りました。さてコレをどう捉えたらよいものか……。会場パンフレットに掲載されていたビエイトのインタビューによれば、今回の「タンホイザー」の演出では「私たちの生きている現代社会とは何か?」を問いかけているとのことで、その文脈でいえばあの「音」は「現代社会のトラウマ」を音で表現したものかもしれません。騎士仲間のヴォルフラム(マルクス・アイヒェ。第3幕では歌唱を代役が担当)は一言で言えば「悪い友達」でしたね。タンホイザーとの第1幕での絡みは友好的なものではありませんし、第2幕ではエリーザベトへの思いも隠そうとしませんでした。第3幕で変わり果てたエリーザベトを、首を絞めて殺そうとします。第3幕はタンホイザーも茫洋としながら佇んでいます(これはオリジナルとそんなに変わらないか)。そして狂女となったエリーザベト。三者三様の「狂気」の世界が展開されていたわけです。

 が、舞台が終盤にさしかかると、ワーグナーの書いた音楽となんか乖離しちゃった印象を抱いたのも確かです。誰も救われないし救わない。救済のない幕切れ。そんな中で魂の勝利ともいうべき壮大な音楽が鳴り響いているのです。この視覚と聴覚のミスマッチ!……。ヴェーヌスがスポットライトを浴びたかと思うとやにわに暗転し幕。そのときすごく心が落ち着かず、ザワザワしました。

 音楽的にはとても素晴らしい公演でした。題名役のヴィンケの声はとても性格的で、今回の演出には相応しかったですし、ヴォルフラム役のアイヒェもいい声でした。健康上の理由で第3幕の歌唱が代役になったのが残念でした。そしてこの日の歌唱でとりわけ優れていたのはエリーザベト役のストリード。明るい輝きと強い張りのある声。まさにエリーザベトらしい歌唱でした。ウルフ・シルマー指揮のゲヴァントハウス管、そしてライプチヒ歌劇場合唱団の音楽作りは重厚というよりはややスタイリッシュな印象でしたが、それでもワーグナーの音楽世界を見事に表現していました。今回の舞台では登場しなかった第3幕の巡礼者たちが、目を瞑り音楽に耳を傾けていると「そこに確かに巡礼者が歩いている!絶対に居る!」という気にさせてくれました。

(Program Note)

47th Hong Kong Arts Festival - Oper Leipzig 

Richard Wagner: Tannhäuser

Venue: Grand Theatre, Hong Kong Cultural Centre

Date: March 1, 2019

Tannhäuser: Stefan Vinke

Venus: Kathrin Göring

Wolfram vom Eschebach: Markus Eiche 

Elisabeth: Elisabet Strid

Ein junger Hirt: Bianca Tognocchi

Landgrave Hermann: Ante Jerkunica

Walther von der Vogelweide: Patrick Vogel

Heinrich der Schreiber: Kyungho Kim

Reinmar von Zweter: Sejong Chang

Gewandhausorchester Leipzig

Chor der Oper Leipzig

Conductor: Ulf Schirmer

Director: Calixto Bieito

 

↓↓↓(参考)ライプチヒ歌劇場「タンホイザー」トレイラー↓↓↓


»TANNHÄUSER« / OPER LEIPZIG