ワーナークラシックスの膨大な音源から、更に色々と聴いてみて選んでみた(その1)

 新型コロナの自粛ムードの中、先日のエントリ(前編後編)を書き上げた勢いで、ワーナークラシックス扱いのアルバムをいろいろと探索し耳を傾けておりました。そんな中から、何か語ることができそうなものをここでダラダラと列挙していこうと思います。

 

  

① 歌もいいけど声もいい。「二刀流」シュトゥッツマンの真骨頂

ナタリー・シュトゥッツマン(コントラルト&指揮)オルフェオ55 「Heroes From The Shadows」 【ERATO】(→録音データは公式サイトで)

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 シュトゥッツマンは12年前に一度生で聴いています。当時すでに深みある豊かな声と特徴ある低音の魅力で世界的に知られた存在でしたが、そんな彼女が来日公演で初めて指揮をする、しかも歌いながら、ということで遠路はるばる新幹線から京浜東北線、そして常磐線を乗り継いで(そのころ上野東京ラインはなかった)水戸芸術館まで足を運んだのでした。そのコンサート、声はもちろん、それ以上に強いインパクトを与えたのは彼女の指揮姿でした!四肢体幹、すなわち全身を駆使した躍動感あふれる指揮は、テンポを指示するというコンダクターとしての仕事の範疇をはるかに越えたものでした。モダンダンスのダンサーも斯くや!と心の中でツッコミ入れるほどの華麗な舞いっぷりに戸惑いを隠しきれず、もとい幻惑されてしまいました。「あなたはこの指揮姿でこれからやっていくおつもりなのですか…」と当時は正直心配になりましたが、その後シュトゥッツマンは自身でオーケストラ「オルフェオ55」を立ち上げるとともに、世界各地のオケへの客演の仕事も増えてます。以前ウェブラジオでアイルランド国立響を振ったシューマン交響曲、なかなか素晴らしかったです。
 このヘンデルのオペラ・アリア集、シュトゥッツマンならではの声自体の魅力に加えて感情表現力の高さで最後まで聴かせますし、指揮者としてもパッショネートな音楽作りで心をわしづかみにします。バロック・オペラってこんなにパワフルなんだ!と思わせる、熱い仕上がりになってます。

 

② ムーティ的表現で聴かせるヴィヴァルディ「四季」

フランゼッティ(ヴァイオリン)ムーティ指揮スカラ座管他 ヴィヴァルディ;「四季」他 【旧EMI】

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 ミラノ・スカラ座の座付オケは、オペラ公演以外にも「スカラ・フィルハーモニー」を名乗りオーケストラ・コンサートを時々行っています。そこではヴェルディプッチーニとは違う毛色の音楽、たとえばバルトーク管弦楽のための協奏曲」のような曲をやったりするわけで、そんなときのスカラ・フィルの音楽がなかなか新鮮に感じるのであります。今年秋に来日予定でしたが、例によって新型コロナウイルス感染症の影響で中止となったのは残念なことでした。
 ヴィヴァルディの「四季」といえば、イ・ムジチによる複数の録音を始め(一つ選ぶなら、やっぱりフェリックス・アーヨ独奏盤かな)たくさん出てます。最近はデフォルメを効かせた刺激的なアプローチで訴える演奏も多いですね(例えば佐藤俊介の録音)。まあるいものから尖ったものまで、どっちがいい悪いではなく、さまざまな解釈の演奏を楽しむことができる、という状況を愉しみたいものです。このスカラ座盤は、一聴して保守的ではありますが、ムーティ的な厳格さと、ストリングスによるカンタービレの美しさがお互い邪魔せずうまく混ざり合っていて、それが独特の美点となっています。「夏」第3楽章など、各声部の音の絡みが鮮やかでシンフォニックですらありますね。

 

③ ああ、地に平和あれ。ヴォーン・ウィリアムズの合唱曲。

イヴォンヌ・ケニー(ソプラノ)フィリップ・ラングリッジ(テノールブリン・ターフェルバリトン)ヒコックス指揮ロンドン響&合唱団 ヴォーン・ウィリアムズ:ドナ・ノビス・パーチェム、聖なる市民 【旧EMI】

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(1992年3月28-30日 アビー・ロード第1スタジオにて収録 CDC 7 54788 2)


 レイフ(ラルフ)・ヴォーン・ウィリアムズ(1872年生、1958年没)は20世紀イギリスを代表する交響曲作家です。生前彼は英国民謡やキャロルを研究していて、その影響が歌謡性に富む旋律となって彼の音楽的個性を形成しているのですが、それでいてダークかつ不確実な雰囲気を感じさせる作品も多く、それらを作曲当時の混沌とした世界情勢の反映と見る向きもあります。「ドナ・ノビス・パーチェム」と「聖なる市民」はともに第二次世界大戦前に書かれた作品。前者は作品の各所でリフレインされる「Dona Nobis Pacem」(地に平和あれ)のフレーズが印象的、後者は聖書のヨハネ黙示録を題材ににしており、両作品とも第一次大戦に従軍した作曲家の個人的体験が創作の原動力になっていると言われています。
 この演奏ではやはり、ブリン・ターフェルの際だった存在感について触れないわけにはいきません。とくに「聖なる市民」での、不穏な内容のテキストをワンフレーズ歌うだけで、そのただならぬ不吉さが伝わってくる表現力には驚かされます。しかしこの演奏での真の勝利者は、終始ダイナミックな音楽の流れを作り出した合唱団と、それを指揮するリチャード・ヒコックス(1948年生、2008年没)です。彼の突然の訃報を聞いたときは真に驚かされたものですが、息子アダムも父の後を追って指揮者になったようなので、これからが楽しみです。

 

④ ハンガリアン・ラプソディ ♪マジャール~~うううう~~

シフラ(ピアノ) リスト:ハンガリー狂詩曲集【旧EMI】(→録音データは公式サイトで)

 

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 私は若かりし頃、研究室で来る日も来る日も年がら年中PCR、という日々を送っていました。今や「PCR」なるアルファベット三文字を知らない人が居ない日が来るとは当時の私には知るよしもないのですが、、、そんなある日、教授から「ハンガリーから留学生が来たから面倒見てほしい」と言われました。そうやって紹介された彼はそのバイタリティを実験でなく美人秘書を口説くことで示したため、その当事者から間接的に愚痴を聞かされる羽目になるのですけど、、、それはともかく、そのハンガリアンがある日突然、「お前プスカシュを知ってるか?」と聞いてきました。プスカシュという人物について皆目わからなかった私が「誰?」と尋ねると、1950年代に「マジック・マジャール」なるハンガリー・サッカー黄金時代があったこと、その中でとりわけ輝いていた存在だったのがフェレンツ・プスカシュ(1927年生、2006年没)だったことを、熱く語り出したのですが、結局そのときは彼の語気の強さに圧倒されただけで終わりました。やがてその留学生は帰国していったのですが、しばらく経って足を運んだ西京極でキングカズを観てサッカーに夢中になっていった私は、急速にサッカーに関する知識を吸収していきました。その過程でプスカシュの偉大さも知ることとなります。ワールドカップの舞台での活躍で脚光を浴びたプスカシュは、ハンガリー動乱をきっかけに亡命し、キャリアの後半をレアル・マドリードで過ごすことになります。スペインのビッグクラブのレジェンドとなった彼の功績は、ベスト・ゴール賞を表彰する「プスカシュ賞」にその名を遺すこととなりました。
 そんなプスカシュと同時期に活躍したハンガリーのピアニスト、ジョルジュ・シフラ1921年生、1994年没)もプスカシュ同様、栄光と苦難がない交ぜになった演奏家人生を送りました。彼も20世紀中欧を襲った戦争と共産化の波に呑まれながらも、並外れたテクニックで自らの人生を切り開いていき、後半生は西欧に帰化して生涯を終えた、という点でプスカシュと似ています。
 シフラといえば一般的に「テクニシャン」として知られているわけですが、ただの「テクニシャン」の一言では片づけられない音楽家としての魅力がシフラにはあると思います。録音で残されたトランスクリプションの数々に耳を傾けてみると、音楽の持つキャラクターを情感を込めて余すところなく伝える「語り口のうまさ」に舌を巻きます。このハンガリー舞曲集でもシフラの鍵盤の語りは変幻自在。一気呵成にまくしたてたかと思うと、優しい語り口で魅了したり…。まさに噺家か講談師の名人芸を連想させる、見事なストーリーテラーぶり。最後まで聞き漏らさず聴かなければ損しちゃう!と思わせてくれます。

 

⑤ まさに「ギター音楽の展望」たるアルバム。

 トゥリビオ・サントス、オスカル・カセレス、コンラート・ラゴスニク、グラシエラ・ポンポニオ、ホルヘ・マルティネス・サラテバルバラ・ポラーシェク、レオ・ブローウェル、マリア・ルイサ・アニード、ベート・ダベサック、ベート・ダベサック(ギター) 「ギター音楽の展望」 【ERATO】(→収録曲など詳細は公式サイトへ)

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 ワーナーのアルバムをいろいろと探しているうちに見つけたこのアルバム、とてもいいですね。いいアルバム過ぎて、私はこのアルバムの存在を今まで知らずに過ごしていたことを後悔しました。エゴサーチしてみると「ギター音楽の展望」、オリジナルタイトルだと「Panorama de la Guitare」なる題名の連作アルバムは、ギター愛好家のあいだでも名盤として広く認知されていたものであったようです。
 このアルバムは各ギタリストらによる魅力的な演奏の数々、ギターの音をリアルに捉えた録音クオリティの高さ、そして収録楽曲の素晴らしさと本当に「名曲・名演・名録音」の三拍子が揃った見事な出来映えです。クラシックのギター音楽に明るくない方でも、きっとお気に入りのトラックが見つかるはずです。それはヴィラ=ロボスでしょうか、バッハでしょうか、パーセルでしょうか、それともジョリヴェになるかもしれません。私は誠にまことにベタですが、「禁じられた遊び」ですけど、それ以外でしたらモレノ=トローバ作品のギター・デュオでしょうか。