【演奏会レポ】マキシム・パスカル&レ・シエクル

f:id:radio_classic_timetable:20190317153748j:plain 「来た、見た、勝った」(Veni, vidi, vici)というカエサルの有名な手紙がありますが、2019年3月2日、香港文化中心でのパスカル&レ・シエクルの演奏会を評するなら「すご」の2文字を入れて「来た、見た、すごかった」、いや「すごかった」だけでは足りない。もっと巨大で強烈で、心に深く強いインパクトを残す体験でした。

 前半の「幻想交響曲」。第1楽章は中低弦の鼓動に誘われ高揚へと至る音楽の躍動を味わい、第2楽章では夢見がちで竜巻のように終わるワルツ、第3楽章では心象風景的な世界を楽しみました。ここまで実に素晴らしい。だがこの日はここからが問題。。。実演や録音でこの曲をよく知るファンなら「4楽章5楽章はクレイジーな世界を描いている」ことは知っている、でも実際にクレイジーな演奏に接する機会はめったにないわけです。そのレアな機会に、、、当たってしまいました。第4楽章の後半、Vnの「sulG」(G線で弾きなさい、の意)と楽譜に書かれた辺りからギアが入りテンポアップ!得体の知れぬ何かに追われたかのごとく疾走するも足がもつれ絡まって転がる……こんな風に音で感じたのは初めてです。なんという表現力!そしてフィナーレはそれはもう悪魔な世界、パスカルも古典的指揮法を放棄し黒魔術の踊りのように両手を上げたり下げたり身をくねらせたりしてました。そして音楽も指揮姿にシンクロするようにキテレツ、まさに「音楽的異形」。アンサンブルとか各声部のバランスとか、そんなことじゃなくて音楽の破天荒っ振りをこれでもか!と押し出した鬼のようなパフォーマンス。参りました。

 さて普段の演奏会なら「幻想」はメインプロなので、ここで終了、ああ良かったね……で終わるのですが、この日のプログラム、まだ後半に「レリオ」があります。前半の「幻想」で満足して帰った人も少なくなかったようで、私の左隣に座ってた人たちは居なくなり、空席がズラリ並んでました。そんな中始まった「レリオ」は一人芝居のようなフランス語の語りと、そこに挿入されるベルリオーズの音楽、という構成。シェイクスピアを肴に芸術と愛について熱く語る役者ダニエル・メスギシュ(この方はインバル指揮のDENON盤「レリオ」でも語りを務めてました)は雄弁そのものでしたが、付随音楽も雄弁。どこを取っても音が生きていて肉感的で劇的要素に満ちており、語りと音楽の相乗効果、今風にいうならケミストリーが起きてました。ここで指揮者マキシム・パスカルが、作品の構造・特性や状況に合わせ、様々なパターンの音楽作りができる確かな腕の持ち主であることにハタと気付きました。クレイジーな曲はクレイジーに、キチッと構成していく必要がある時は確実に音楽を作っていく、そんな芸の幅広さを持った指揮者だな、と。

 思えば香港から一週間前、パスカル東京二期会公演「金閣寺」(黛敏郎作曲、宮本亜門演出)で上野のピットに入り指揮者を務めていました。このとき私は客席に居ましたが、ピットから放たれる鮮烈な音楽は、黛敏郎のスコアの偉大さを再確認するに充分なクオリティでした。つまり日本と香港の7日間、「有名な曲」「有名でない曲」「20世紀&現代作品」のどれを振っても高水準のパフォーマンスだったわけです。これは有能すぎます。このあとのパスカルのスケジュールをネットで調べると、リームの「ヤコブ・レンツ」、ドビュッシーペレアスとメリザンド」(ベルリン国立歌劇場)、シュトックハウゼン「光」から「木曜日」、と骨のあるプログラムが並んでいます。今後この手のレパートリーを聴こうとしたとき、遭遇する確率の高い指揮者になりそうですね。でも楽しみです。

(Program Note)
47th Hong Kong Arts Festival - Les Siècles
Date: March 2, 2019
Venue: Hong Kong Cultural Centre, Concert Hall
1. Berlioz: Symphonie Fantastique, Op 14
2. Berlioz: Lélio, Op 14b
Conductor: Maxime Pascal
Tenor: Michael Smallwood
Baritone: René Ramos Premier
Narrator: Daniel Mesguich
Chorus: Die Konzertisten